北朝鮮はなぜ?韓国に侵攻しないのか?体制維持の裏側と戦略

朝鮮戦争が休戦してから70年以上が経ちます。

法的にはまだ戦争状態にある北朝鮮と韓国ですが、なぜ北朝鮮は再び戦火を開こうとしないのでしょうか?

一見、好戦的に見える北朝鮮の行動の裏には、体制維持を最優先する指導部のしたたかな計算があるのです。

この記事では、「北朝鮮が韓国を攻めない理由」を、軍事バランスの現実、経済的な限界、中国やアメリカとの関係、核兵器の役割、そして金正恩体制の戦略という5つの側面から深く掘り下げます。

杉山誠空
日本の地上波ニュースの断片的な情報だけでは理解できない、朝鮮半島の複雑な力学を、この記事でスッキリ理解しましょう。

北朝鮮が韓国に攻め込まない根本的な理由

圧倒的な軍事力の差:攻めたくても攻められない現実

北朝鮮が韓国への侵攻を躊躇する最も基本的な理由の一つが、両国の軍事力の差です。

兵士の数だけを見ると、北朝鮮は約128万人と、韓国の約55万人を上回っているように見えます。しかし、これは現役兵のみの比較であり、予備兵力を含めると韓国が優位に立ちます。

さらに決定的なのは、装備の質です。

韓国軍はK2戦車やKF21戦闘機といった最新鋭の兵器を多数保有し、技術的にも先進的です。一方、北朝鮮軍の主力は旧ソ連製や中国製の旧式兵器が多く、近代戦に対応できる能力には疑問符がつきます。

ロシア・ウクライナ戦争でも明らかになったように、現代の戦争では兵器の質と技術力が勝敗を大きく左右するのです

疲弊する経済:戦争を継続できない台所事情

軍事力以上に深刻なのが、北朝鮮の経済状況です。

韓国のGDP(国内総生産)が約1兆6300億ドル(2021年推計)であるのに対し、北朝鮮は約400億ドルと、その差は40倍以上にもなります。

一人当たりGDPでも韓国とでは、約18倍の格差があり、北朝鮮の国民生活は困窮しています。

慢性的な食糧不足やエネルギー不足は深刻で、国連の報告によれば国民の約4割が栄養不足状態にあるとされています。

このような経済状況下で大規模な戦争を遂行することは、北朝鮮にとって自殺行為に等しいでしょう。

戦争には莫大な費用がかかり、ただでさえ厳しい経済をさらに圧迫し、体制の崩壊を招くリスクすらあります。経済的な限界が、軍事行動の大きな足かせとなっているのです。

「バック」の存在:米韓同盟という巨大な壁

在韓米軍の存在意義:「トリップワイヤー」戦略

北朝鮮にとって最大の抑止力となっているのが、韓国に駐留する約2万8500人のアメリカ軍の存在です。

これは単なる兵力以上の意味を持ちます。

杉山誠空
「トリップワイヤー(仕掛け線)」戦略と呼ばれ、もし北朝鮮が韓国に侵攻すれば、それは自動的にアメリカ軍への攻撃となり、世界最強の軍事大国であるアメリカとの全面戦争に突入することを意味します。

北朝鮮がどれだけ軍備を増強しても、アメリカ軍を敵に回して勝利する見込みは限りなくゼロに近いでしょう。

この米韓相互防衛条約に基づく強固な同盟関係が、北朝鮮の侵攻を物理的に不可能にしている最大の要因の一つです。

日米韓の連携強化:包囲網の形成

近年、北朝鮮の脅威に対抗するため、日米韓の安全保障協力が急速に強化されています。

情報共有、共同軍事演習などを通じて連携を深め、北朝鮮に対する抑止力を高めています。特に、弾道ミサイル防衛システムや潜水艦探知能力など、三国が協力することで、北朝鮮の軍事的なアドバンテージを打ち消す効果が期待されます。

北朝鮮から見れば、韓国一国だけでなく、日米という強力な国家群を同時に相手にしなければならない状況であり、これは侵攻を思いとどまらせる大きなプレッシャーとなっています。

杉山誠空
しかしながら、親北派の李在明が大統領になれば、三国による軍事協力は微妙になるかと思われます。スパイも増えるでしょうね。

国際社会の目:孤立を深めるわけにはいかない

中国の思惑:緩衝地帯としての北朝鮮

北朝鮮の後ろ盾として最も重要な存在が中国です。

中国にとって北朝鮮は、アメリカの影響力が直接国境に及ぶことを防ぐための「緩衝地帯」としての戦略的価値を持っています。

そのため、中国は北朝鮮の体制が崩壊することを望んでおらず、経済的な支援などを通じて一定の影響力を維持しようとしています。

北朝鮮の貿易の大部分は中国に依存しており、中国からの支援がなければ北朝鮮経済は立ち行かなくなると言われています。しかし、これは同時に、北朝鮮が中国の意向を完全に無視できないことも意味するのです。

戦争は望まない中国の本音

中国は北朝鮮の体制維持を望む一方で、朝鮮半島での戦争勃発は絶対に避けたいと考えています。

戦争は地域の不安定化を招き、難民の流入や経済的な混乱を引き起こすだけでなく、アメリカの軍事的な関与をさらに強める可能性があるからです。

また、北朝鮮の核開発に対しても、自国の安全保障上の懸念や、地域の核拡散(特に韓国や日本、台湾での核武装論)につながるリスクから、基本的には反対の立場です。

そのため、中国は北朝鮮に対して過度な挑発行動を控えるよう、様々なレベルで働きかけていると考えられます。

ロシアの限定的な関与

近年、特にロシアによるウクライナ侵攻以降、国際的に孤立を深めるロシアと北朝鮮の関係が接近しています。

北朝鮮はロシアに武器弾薬を提供し、見返りにロシアから軍事技術(特に偵察衛星関連)などの支援を受けているとみられています。

これは北朝鮮にとって、国際的な制裁下で技術や物資を得る貴重な機会となっています。

しかし、ロシア自身がウクライナ戦争で手一杯であり、北朝鮮のために本格的な軍事介入を行う余裕も意図もないと考えるのが自然です。あくまで利害が一致する範囲での限定的な協力関係と見るべきでしょう。

核兵器という「諸刃の剣」

体制維持のための「保険」

 核を持つことの抑止力

北朝鮮が国際社会からの非難や制裁を覚悟の上で核開発を続ける最大の理由は、それが体制維持のための究極的な「保険」だと考えているからです。

杉山誠空
これには、イラクのフセイン政権やリビアのカダフィ政権が、大量破壊兵器を持たなかった(あるいは放棄した)ために外部からの軍事介入を招き、崩壊したという認識が北朝鮮指導部には強くあります。

核兵器を持つことで、アメリカなどからの武力攻撃を抑止し、現体制を存続させることができると考えているのです。

この点において、核開発は北朝鮮にとって合理的な選択とも言えます。

交渉カードとしての側面

核兵器は、軍事的な抑止力であると同時に、国際社会との交渉を有利に進めるための強力なカードとしても利用されています。

核実験やミサイル発射といった挑発行動によって意図的に緊張を高め、それを交渉のテーブルにつくための口実としたり、経済制裁の緩和や食料支援といった見返りを引き出そうとしたりする、いわゆる「瀬戸際外交」の重要なツールとなっているのです。

しかし、この戦略は国際的な孤立を深め、経済制裁をさらに強化させるという副作用も伴います。

北朝鮮の「使えない」「使わせない」核兵器

使用=自滅のリスク

北朝鮮が核兵器を保有していることは事実ですが、それを実際に韓国に対して使用する可能性は極めて低いと考えられます。

なぜなら、核兵器の使用は、アメリカによる壊滅的な報復攻撃を招き、北朝鮮という国家そのものの消滅を意味するからです。

アメリカは「核の傘」を通じて韓国に「拡大抑止」を提供しており、同盟国への核攻撃は自国への攻撃とみなして報復することを明確にしています。

金正恩体制にとって最も重要なのは体制の維持であり、自滅につながる核の使用という選択肢は現実的ではありません。

 韓国の対抗策:「三軸システム」

核の脅威に対して、韓国も手をこまねいているわけではありません。

韓国は「三軸システム」と呼ばれる独自の防衛戦略を構築しています。

杉山誠空
これは、(1)北朝鮮による核・ミサイル攻撃の兆候を探知した場合に先制攻撃を行う「キルチェーン(Kill Chain)」、(2)発射されたミサイルを迎撃する「韓国型ミサイル防衛(KAMD)」、(3)北朝鮮から攻撃された場合に指導部などに報復攻撃を行う「大量反撃報復(KMPR)」の三本柱からなります。

このシステムは、北朝鮮に核使用を思いとどまらせるための抑止力として機能していますが、李在明が大統領になれば、何らかの変化があるでしょう。

北朝鮮指導部の生存戦略

金正恩体制維持こそが至上命題

北朝鮮の最高指導者である金正恩氏にとって、何よりも優先されるべき目標は、自身の権力と現体制を維持することです。

彼の祖父、父から受け継いだ体制が崩壊することは、自身の破滅を意味します。そのため、彼のあらゆる政策や行動は、この体制維持という目的から逆算されていると考えることができます。

韓国への侵攻は、成功すれば一時的な高揚感を得られるかもしれませんが、敗北した場合のリスク、すなわち体制崩壊のリスクがあまりにも大きすぎるため、合理的な選択肢とはなり得ません。

金正恩体制は、対外的には核・ミサイル開発を進めて「瀬戸際外交」を展開し、アメリカなどとの交渉を有利に進めようとする一方で、国内的には思想統制や監視を強化し、体制への不満を抑え込もうとしています。

近年、韓国文化の流入を厳しく取り締まっているのも、体制の動揺を防ぐための引き締め策の一環と考えられます。

国民の生活向上よりも、軍事力強化と体制維持を優先する「先軍政治」の基本的な路線は維持されていますが、限定的な市場経済の導入など、経済的な困窮を緩和しようとする動きも見られます。

「統一」より「現状維持」という本音

かつて北朝鮮は「祖国統一」を国家の重要目標として掲げてきましたが、近年、金正恩総書記は韓国を「第一の敵対国」「不変の主敵」と位置づけ、平和統一の目標を公式に放棄する姿勢を明確にしました。

これは、経済力や国際的地位で大きく差をつけられた韓国との統一は、もはや現実的ではなく、むしろ自国の体制を脅かすリスクでしかないと判断したためと考えられます。吸収統一されることを極度に恐れているのです。

統一を放棄した北朝鮮が次に目指すのは、核保有国としての地位を国際社会(特にアメリカ)に事実上認めさせ、体制の安全保障を確立することだと考えられます。

核を持つことでアメリカからの攻撃を防ぎ、その上で経済制裁の緩和や経済支援を引き出し、現状の体制を維持・強化していくというのが、金正恩体制の現実的な戦略目標と言えるでしょう。

韓国への侵攻は、この長期的な戦略目標達成にとって、百害あって一利なしなのです。

朝鮮戦争の教訓と「休戦」の現実

朝鮮戦争勃発の経緯

1950年6月25日、北朝鮮軍はソ連の支援を受け、38度線を越えて韓国に侵攻しました。

当初、北朝鮮指導部は米軍が本格的に介入しないだろうという甘い見通しを持っていたとされますが、実際にはアメリカを中心とする国連軍が参戦し、戦争は泥沼化しました。

その後、中国人民義勇軍も参戦し、3年以上にわたる激しい戦闘で、朝鮮半島は焦土と化し、数百万とも言われる甚大な犠牲者を出しました。

この悲惨な戦争の記憶は、南北双方にとって、安易な武力行使を思いとどまらせる重い教訓となっています。

朝鮮戦争による犠牲者は、軍人・民間人を合わせて数百万人に上ると推定されています。

離散家族の問題も生み出し、多くの人々に深い心の傷を残しました。

韓国側だけでなく、北朝鮮側も多大な人的・物的損害を被り、再びこのような破壊的な戦争を経験することは、どちらの体制にとっても耐え難い悪夢であり、たとえ限定的な軍事衝突であっても、全面戦争へとエスカレートするリスクを常に孕んでいます。

この朝鮮戦争のトラウマが、一定の抑止力として働いている側面は否定できません。

終わらない戦争:「休戦」状態の意味

1953年7月27日、板門店で国連軍(米軍主体)と北朝鮮軍・中国人民義勇軍の間で休戦協定が締結されました。

しかし、これはあくまで戦闘行為を停止する「休戦」であり、戦争状態を終結させる「終戦」ではありません。

法的には、朝鮮半島は今も戦争状態にあると言えます。

休戦ラインには軍事境界線が引かれ、その南北に幅約4kmの非武装地帯(DMZ)が設定されましたが、実際には世界で最も重武装された地域の一つとなっています。

休戦状態であるがゆえに、南北間では常に偶発的な軍事衝突のリスクが存在します。

過去にも延坪島砲撃事件(2010年)のような武力衝突が発生しており、一触即発の緊張状態が続いています。

しかし、同時に、全面戦争へのエスカレーションを防ぐための危機管理メカニズム(連絡チャンネルなど)も存在し、偶発的な衝突が制御不能な事態に発展しないよう、一定の管理は行われていると言えます。

ただし、近年の北朝鮮による統一放棄宣言や敵対姿勢の強化は、こうしたリスクを高める要因となり得ます。

【総括】北朝鮮はなぜ?韓国に侵攻しないのか?

 近年、北朝鮮は韓国に対する姿勢を硬化させ、「敵対的交戦国」と位置づけ、従来の統一政策を転換しました。

これは一見、戦争への危険な兆候に見えるかもしれません。

しかし、この変化は、北朝鮮が置かれた厳しい現実を反映した、ある種の現実主義的な戦略転換と捉えることもできます。

経済的に大きく差をつけられ、国際的にも孤立する中で、もはや韓国との対等な統一は不可能であり、むしろ体制維持の脅威になると判断したのです。

代わりに、核保有国としての地位を確立し、アメリカとの対等な交渉を通じて体制の安全を確保し、経済制裁の緩和を目指す、という新たな生存戦略を描いていると考えられます。

この戦略の下では、韓国への全面侵攻は自らの首を絞める行為であり、選択肢にはなり得ません。ただし、体制維持のためなら限定的な軍事挑発や瀬戸際外交は躊躇しないでしょう。

国際情勢の変化(米中対立、ロシアとの接近)も北朝鮮の行動に影響を与えますが、根本的な軍事・経済格差1や米韓同盟の存在という現実は変わりません。

北朝鮮の行動は、この変わらない現実の中で、体制を維持するための必死の模索の結果なのです。

杉山誠空
最後に、李在明氏が大統領に就任した場合、北朝鮮との関係には一定の変化が生じる可能性があります。特に、対話と関係改善を重視する融和的アプローチが試みられ、緊張緩和に向けた動きが見られるかもしれません。しかし、北朝鮮の「敵対国」認識や核兵器問題、米韓同盟の枠組みといった構造的な制約から、劇的な関係改善や政策の成功は保証されないでしょう。李氏の「実用主義」外交が、理想と現実のギャップをどう埋めるかにかかっていると言えます。最終的な結果は、北朝鮮の反応と国際情勢の推移に大きく左右されるでしょう。

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